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キノコを愛し、キノコに愛された漢
〜「おいしい」で繋がるキノコミュニティ〜
遠藤喜七郎さん
撮影日:6 月16 日
撮影者:佐藤寿羽
撮影日:6 月16 日
撮影者:立崎優太
〇喜七郎さんと60 年のキノコ栽培
農家の遠藤喜七郎さんのもう一つの顔はキノコ生産者。御年80歳の 喜七郎さんは、体ほどある榾木をホイッと持ち上げる。 私たちは、喜七郎さんたちと駒打ちをした榾木を並べる“本伏せ”という作業と育ったナメ コの収穫作業を体験した。本伏せの作業は大きいもので胴体ほどある榾木を杉林に並べて いく。この作業は、足腰には大きな負担がかかる。私たちが苦戦しながら榾木を運ぶ中、喜 七郎さんは涼しい顔で榾木を運んでいた。
今回私たちは、そんな喜七郎さんを講師にお迎えして、キノコ栽培について熱塩加納の宇 津野集会所で勉強会を行った。矢継ぎ早に出てくる喜七郎さんの冗談に集会所では笑いが 絶えない楽しい会になった。
喜七郎さんのキノコ栽培は、家の跡取りとしてお父さんの手伝いから始まった。高校卒業 後18 歳の時に「仕方なしに後を継いだ」が、気づけば60 年以上になってしまったと笑う。 現在は、一人で、栽培を続ける。重労働でいつまでできるかわからないけれど、それでも、 体が元気なうちは続けていきたいとキノコ作りへの強い思いを語ってくださった。
キノコ栽培の中で一番の楽しみを聞くと、「作業後の晩酌だ」と冗談なのか本気なのかわ からないトーンで答える。汗を流すためにお風呂のボタンを押したら、早々に晩酌タイムの 始まり。キノコ生産仲間の横山さん(師匠)と一緒にお酌をすることも。
撮影日:6 月16 日
撮影者:立崎優太
撮影日:6 月16 日
撮影者:佐藤寿羽
〇キノコ栽培について
ナメコ栽培の流れ
2 月下旬 :原木を切る→榾木とするための木を切る。多くの場合、広葉樹を使用する。
喜七郎さんは、クルミを使用
3月末から4月頭:駒打ち→ドリルで穴をあけて菌を接種する
6 月半 :本伏せ→完成した榾木を風通りがあり、湿度が高く、水はけの良い、比較的明るい場所に配置
秋 :収穫→大きく育ったナメコを一つ一つ手で収穫する
喜七郎さんが栽培するキノコ
・ナメコ :約1000 コマ
・シイタケ:約1000 コマ
・マイタケ:今年は、原木を作っていた人が辞めてしまって作っていない。
普段は、榾木を切る作業以外は喜七郎さんが1 人で行う。
「ナメコの駒打ちも今年はなぜか誰も手伝いに来なかったから時間がかかった〜」と話していた。
撮影日:6 月16 日
撮影者:佐藤寿羽
撮影日:6 月16 日
撮影者:佐藤寿羽
撮影日:6 月16 日
撮影者:佐藤寿羽
〇時代と共に変化する
喜七郎さんがキノコ栽培を続けることができているのは機械化の影響が大きいのではな いか。キノコ栽培の方法も60 年経つと大きく変化する。キノコ栽培は大きな榾木を運ぶな ど重労働なイメージが強いが、機械の導入で、昔と比べて作業は各段に楽になっている。駒 打ちも昔は一つ一つ手で、打っていたが、今ではドリルを使ってしまえば簡単に原木に穴を あけて、菌を打ちこむことができる。また、今回体験した本伏せ作業も昔は、山の中に置い ていたため、そこに行くまでに一苦労で作業の中でも一番大変な作業だったそう。それも、 今は運搬車で運んでしまうので、力をほとんど使わずに作業できるようになっている。さら に、今回は運搬車から榾木をおろして一つ一つ運んで並べたが、普段は運搬車等を使って並 べていく。そのため、ほとんどの工程でそんなに力はいらず、同量の仕事は一人で作業して も1 日でこなしてしまうそう。機械の導入によって、大体の作業は喜七郎さん1 人で完結さ せることが可能になっている。しかし、それでも人手が必要な時は、打ち上げの一杯を楽し みに、仲間たちを呼んで作業をする。
〇おいしさのポイント
キノコ栽培にもポイントがある。ただ単に菌を打って、日陰に並べるだけではおいしいキ ノコは育たない。キノコ栽培で大切なのは、榾木を置く場所である。つまり、本伏せ作業が とっても重要。キノコの生育には、湿度と温度が大切である。場所を見極め、ちょうどよい 所に並べていく。乾燥しすぎても、湿りすぎていてもいけない。杉林の中で杉の木から水滴 が落ちず、ちょうどよく日が当たる杉の木が開けている場所に置く。さらに、風の流れを読 んで、風通しがよくなるような向きと幅で榾木を並べていく。林を見ただけでは何もわから ない私たちは喜七郎さんや師匠に言われるがまま並べた。話を聞いてみると杉林の中でど こに川があり風はどちらから吹くといったことまで見極め、キノコにとって良い場所を選ん でいるそう。また、榾木をできるだけ地面と密着させて根っこがはるようにするのも大切で ある。
次に、収穫のポイントで一番大切なのは、収穫するナメコ以外には触らないこと。一度別 なナメコに触れてしまうとそれ以上は大きくならない。榾木も同様で動かしてしまうと、そ の榾木は使えなくなってしまう。足場には細心の注意を払わなくてはならない。イノシシな どに動かされてしまい、榾木事ダメになってしまう場合もあるという。ナメコの収穫は素手 で行うため、ヌメヌメしていて、きれいに収穫するのが難しかった。そんな中喜七郎さんは、 もくもくと手際よく収穫していた。
秋になりキノコの収穫へ杉林に行くと沢山のキノコが出ているのを目の当たりにして「み ごと!」とうれしくなる。毎年、この瞬間がキノコを栽培していて楽しい瞬間である。朝、 収穫しに行っても半分ほどしか収穫できず、また、昼に戻って収穫しに行くこともあるそう。
撮影日:6 月16 日
撮影者:佐藤寿羽
本伏せをする杉林
撮影日:10 月26 日
撮影者:佐藤寿羽
撮影日:6 月16 日
撮影者:堤 紀之
ナメコの駒打ちの間隔
一本の榾木に平均50 駒打ってある
〇キノコ栽培への逆風
撮影日:6月16 日
撮影者:立崎優太
撮影日:10 月26 日
撮影者:佐藤寿羽
作業中は、もくもくと作業を進める喜七郎さん。 この60 年間の中で様々な問題に直面してきた。
@ 東日本大震災
喜七郎さんのキノコ栽培において、東日本大震災の原発事故は切っても切れない関係にある。 震災以前は、シイタケ栽培を中心に熱塩加納全体でキノコ栽培が盛んであった。 しかし、原発事故でキノコ栽培は大きなダメージを受けた。
特に、震災以降、キノコを出荷するためには、4 回行われる放射能検査において全ての基準を クリアしないと市場に販売することができなくなってしまった。これは、キノコ生産者にとって 大きな足かせとなってしまった。 一般的にキノコ栽培がおこなわれる森林は放射能が高く検知されやすい場所であり、 キノコも自然と放射性セシウム(放射能)を多く吸収してしまう。そのため安全確認のための放射能検査には時間もかかる。 4 回にわたる検査は、一回目が木を伐採する前の検査(基準値:50Bq 以下)、二回目は木を伐採した後の検査(50Bq以下)、 三回目が菌を植え付けた後の検査(50Bq 以下)、最後四回目にやっとキノコ自体の検査(100Bq 以下)が行われる。 さらに、手続する書類には伐採地や伐採日、保管先や原木の数などを書かなければいけないため書類の提出でまた一苦労である。 これら全てが基準値をクリアし、県の許可が出て初めて、キノコの出荷ができる。 加えて、行政の手続きが遅いとキノコの収穫時期は終わり、販売するのが難しくなってしまうということも少なくない。 そのため喜七郎さんもキノコの栽培量を減らさざるを得なかった。去年も県の放射能検査が間に合わなかったため、 シイタケは友人への配布のみで販売は行わなかった。
原発の影響によるキノコ栽培の減少は熱塩加納の大きな問題であると感じてもらえただろうか。 しかし、喜七郎さんのキノコ栽培においての問題はまだ存在している。
Aナメコ栽培の問題
ナメコ栽培にも問題がある。
そもそもナメコには原木栽培と菌床栽培という2 種類の栽培方法がある。
原木栽培は、木の原木に菌を打ち込んで野外で育てる方法である。
一方、菌床栽培はおがくずを固めて作るもので、基本的にはハウスの中で行われ、育ちやすく、 温度管理が容易であるというメリットがある。 喜七郎さんの育てているナメコは前者の原木栽培である。
喜七郎さんの抱えるナメコ栽培の大きな問題は、ナメコ生産のための榾木が不足していることだ。 ナメコの榾木は、ほとんどがクルミの木が一番適している。 榾木にするためのクルミの木は、土地を持っている人から買って伐採し、榾木にする。 現在、周囲のくるみの木を何十年も榾木にするために切り続けてきたことで、クルミの木が減少している。 また、クルミの木が生息している土地はわずかに残っているが現時点では、土地の持ち主から木を買うことが できていないという問題点がある。
また、本来は自然のサイクルによって、動物が種子を運んで木が再生していく方が、伐採されるより早いはずだが、 現状クルミの木の再生が追い付いていない。 クルミの木は、最大2年間収穫することが可能なため今年使い始めた榾木は来年も栽培できるが、 その次の年のクルミの木を用意する見通しは立っていない。
他にも鳥獣問題や密猟問題などキノコ栽培において解決が難しい問題も多くあるとキノコ栽培を している方々は口をそろえて言う。
〇おいしいを原動力に
撮影日:6月16 日
撮影者:立崎優太
高齢化、放射能検査の負担、販売先の減少に伴って、周囲のキノコ生産者が栽培をやめて いく。原木栽培のキノコは出荷のハードルは高いまま。喜七郎さん自身、栽培量も震災前と 比べ、大きく減少したままである。さらに、機械化が進んで作業が楽になっても足腰の痛み は出てきている。機械を使うための筋力や体力の衰えをここ数年は一段と感じている。それ でも、喜七郎さんはキノコ栽培を続けている。これまで、キノコ生産に逆風が吹く中でもキ ノコ栽培を「やめたいと思ったことは一度もない」。昨年のマイタケ栽培は放射能検査が間 に合わないことを見越して、販売を行わず知り合いへの配布だけにとどめた。利益を得るこ とだけが喜七郎さんがキノコを作る理由ではないのではないか。
喜七郎さんがキノコ栽培を続けることによって、住民に笑顔が宿り、キノコを通したコミ ュニティが生まれている。このコミュニティが喜七郎さんにとって、キノコを続ける理由の ように感じた。
生産のほとんどは、一人で行うものの昔からのキノコ仲間たちは喜七郎さんが招集を掛 ければ集まってくる。そして、原木の伐採、駒打ちなどを手伝ってもらい、そのお礼に原木 をあげたり栽培場所を貸してあげたり、販売とまではいかずとも喜七郎さんが続けているこ とで、キノコ仲間もキノコの栽培を続けることができている。喜七郎さんが言うには、互い に助け合いながらキノコ栽培を続けているwin-win の関係なんだとか。そして、みんなで活 動した後は反省会(打ち上げ)が待っている。
また、喜七郎さんのナメコは、市販品のナメコとは全然違い、ぬめりがあって味が濃いと 撮影日:7 月16 日 撮影者:立崎優太 評判である。地域の人にとって、喜七郎さんがつくるキノコは、原木栽培のキノコを食べる 貴重な機会である。「おいしい!」の声が喜七郎さんにとってキノコ栽培を続ける理由にな っている。流れ出る冗談も利益をなしでもキノコを配ってしまうのもみんなが笑っている顔 が喜七郎さんにとって何よりも力になっているからではないか。
喜七郎さんの目標は今まで通り作り続けること。キノコ栽培は重労働なだけでなく販売 など問題も山積みになっている。それでも、喜七郎さんがキノコ作りを続けてきたことでか けがえのないコミュニティが続いてきたのかもしれない。これからも、たくさんの仲間や奥 さんと支え合いながら、キノコを愛し、愛され続けてほしい。
撮影日:10 月26 日
撮影者:佐藤寿羽
撮影日:10 月26 日
撮影者:佐藤寿羽
〇喜七郎さんおすすめのナメコ料理
撮影日:10 月26 日
撮影者:立崎優太
撮影日:10 月26 日
撮影者:佐藤寿羽
作成者
佐藤寿羽
立崎優太
(C)福島大学 行政政策学類
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