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―自然と共に生きる ―菌の力 マイグルトの軌跡ー
大竹久雄さん
(向かって右)
撮影日:2024.6.9
撮影者:立崎優太
車を降りると一面に田んぼの風景が広がっていた。 そこは、福島県喜多方市の「熱塩加納」という小さな地域である。 ここは、「有機の里」として昭和50 年代からいち早く有機農業を導入し、全国の先駆けとなった地域である。 (有機低農薬米「さゆり米」の生産地である。)
そんな熱塩加納に暮らす大竹久雄さんは、11ha もの田んぼを有している。 この広大な田んぼのうち、ある田んぼにだけホウネンエビが発生する。 大発生した年は、お米が豊作になると言われるホウネンエビ。この生物は一体どこから出てきたのでしょうか。
そこには何十年も農業で稲作をやってきた大竹さんの試行錯誤と自然と共生していく工夫が隠されていた。
大竹さんの田んぼの秘密
ホウネンエビが発生する田んぼは「 マイグルト」という酵母・乳酸菌複合資材を使用している田んぼ。 このマイグルト、実は乳酸菌が生きて腸まで届き、健康を促す食材としても注目されているという。 大竹さんは、そんなマイグルトを田んぼに入れたら上手い事いくのではないかと考えたらしい。
大竹さんがマイグルトを使用している田んぼでは、5 年前から県の農業普及所と一緒に無農薬栽培として 実証実験を行っている。このマイグルトを入れた田んぼは土がフワフワ、トロトロになるという。
マイグルトとはいったい何ものなんだろうか...。
撮影日:2024.5.18
撮影者:立崎優太
(右)完成したマイグルト
(左)製造中のマイグルト
撮影日:2024.5.18
撮影者:佐藤寿羽
(下)ペレット
酒粕と米ぬかを合わせたもの
フワフワ、トロトロの秘密
大竹さんが使用するマイグルトは、神奈川県川崎市の片山商店で製造するもの。 米と水を一か月ほど常温で発酵させたら完成。あとは、冷凍することで乳酸菌と酵母が生きたままフリーズドライされるという。 実は、原料である米も水も大竹さんのお家から。お米は、大竹さんが栽培する五百万石という品種(農薬不使用米)を使用し、 水は大竹さんの家の湧き水を使用。この湧き水は、あるおばあちゃんが言い当てた湧き水なんだとか。
マイグルトは、健康食品として発酵微生物が生きたまま腸に届きタンパク質や脂質の分解を促進して腸の健康を 促すものとしても注目されている。活用の仕方も様々で、そのまま飲んだり、豆乳グルトにしたり、さらに、 イースト菌なしでパンを作ることもできる。
では、田んぼにマイグルトを入れるとどうなるのか。ちょっとここから化学のお話。 マイグルトを田植え後1 日経った田んぼにまくと、まず乳酸菌、その後酵母が発酵する。 特に大竹さんが注目するのが酵母。酵母は、糖を分解して二酸化炭素とエタノールを発生させながら発酵する。 酵母によって土の中でガスが発生し、田んぼの体積と微生物を増やしていく。これにより、 土の中に団粒構造 (1)ができる。そして、土の隙間に水が入りやすくなって、田んぼの保水性と排水性が高くなる。 これが、土がフワフワ、トロトロになる秘密である。
それだけではなく、酵母は分解されるとアミノ酸、タンパク質など土壌の栄養をたくさん放出する。 乳酸菌は、糖類をえさにして有機物を分解するため、作物にとって栄養として吸収しやすい状態にしてくれる。 そして、乳酸菌は土壌の悪い病原菌への免疫効果と害虫予防効果もあるという。
これぞマイグルトの力!
田植えの様子を見せてくださった
撮影日:2024.5.18 撮影者:佐藤寿羽
撮影日:2024.5.18
撮影者:佐藤寿羽
大竹さんの家の水道
湧き水を引いている。
マイグルトに使用している水も同じ湧き水
マイグルトを入れた田んぼは、1 週間ほどすると泡が立ちフワフワ、トロトロになる。
これが大きな特徴である。マイグルトの力によって、土が団粒構造を形成すると雑草の根が活着しにくくなる。 だから、マイグルトを入れた田んぼでは、草が生えにくくなるだけでなく、もし草が生えてきても、自然と草が 抜けて田んぼの端に寄せられていく。菌の作用と風によって除草剤を撒いていないのに草が勝手に抜けて自然と 田んぼの端に寄せられている。まさに自然の力!!(凄すぎる。)
稲には全く害を与えずに草を除去してくれることに加えて、乳酸菌と酵母の力によって稲の生育も助けてくれる。 この仕組みのおかげで、マイグルトを使用していない無農薬の田んぼと比べて、格段に除草機を使う回数を抑えられ、 収穫できる量の増加につながっているのではないかと大竹さんは分析する。
マイグルトを入れた田んぼは、田んぼに泡が立ってきた頃、同時にホウネンエビが発生するのも特徴的だ。 ホウネンエビは一か月ほどしかいないが、マイグルトを始めてから、どこからともなく発生するようになった。 これに大竹さんも「不思議だなぁ」と首をかしげる。
撮影日:2024.6.9
撮影者:佐藤寿羽
マイグルトを撒いて三週間ほどたった田んぼ
草が端によっている
撮影日:2024.6.9
撮影者:佐藤寿羽
マイグルトを撒くと田んぼに泡が立つ
有機農業との出会い
撮影日:2024.5.18
撮影者:佐藤寿羽
大竹さんの農業のモットーは自然状況に合わせること。 日本には豊かな水と火山によるミネラルがあり、これらが山から川そして海へと流れ、循環している。 農業は、この自然の豊かな恵みを享受する営みである。だからこそ大竹さんは常にこの循環を意識し、 限りなく自然に則ることにこだわる。
大竹さんが有機農業を始めることになったきっかけは、母親の病気であった。 大竹さんが20 歳の時に母親が脳梗塞を患った。当時、東洋医学を学んでいた叔父が母の病気には農薬に原因が あったのではないかと指摘し、農薬を使用した慣行農業に疑問を持った。 そんな時、大竹さんの農業人生に大きな影響を及ぼす福岡正信と出会う。 福岡は、『 無』『わら一本の革命』を執筆し、耕さない、肥料・農薬を使わない自然農法を確立した。 そして、22 歳の時に福岡本人から学ぶため、ヒッチハイクで福岡の暮らす愛媛に向かった。 10 日間、福岡の下で無農薬ミカン栽培を手伝い、無農薬で作られた作物のおいしさを体験した。 農薬の力を借りず、自力で呼吸するミカンは、それまで食べたことが無いほど濃厚だった。 熱塩加納に帰ってきてすぐに父親から自分用の田んぼを一枚もらい、無農薬栽培を実践した。 しかし、当時はまだ熱塩加納に自然農法は広まっておらず、見よう見まねで栽培するしかなかった。 もちろん、有機資材もなく収穫は0 だった。 しかしここから、自然と共生することにこだわった農業の追求が始まった。
マイグルト誕生!
慣行農業は、太陽光エネルギーの不足や養分を補うために肥料を利用し、効率的な大規模栽培を可能にする。 有機農業は、光エネルギーをできるだけたくさん吸収させることで、作物の生育につなげる。土壌や自然が持つ 本来の力を促進させて、作物を育てる。その一方で、天候や病害虫からの影響を受けやすく、生産性を高くすることが難しい。 小祝正明は、有機農業の生産性の増大を目指し、自然界における植物の生育メカニズムに注目して実践する。 アミノ酸、ミネラル、土壌に着目し、丈夫な根を作り栄養分をしっかりと吸収できれば、病害虫にも強い 栄養価の高い作物を作れるという理論を打ち立てた。大竹さんは小祝による農業の理論に影響を受けた。 特に、小祝は乳酸菌と酵母と納豆菌があれば他の菌はいらないと主張し、大竹さんが乳酸菌と酵母に注目するきっかけとなった。
大竹さんがマイグルトを始めたのは、5 年前である(2ページ)。 有機農業を始めた当初は紙マルチを使用していた。 大竹さんは15 年以上紙マルチを使用していたが、田んぼに紙を敷いて土への太陽光を遮るというやり方に 違和感を覚え、紙マルチを使用しなくなった。 その後は、除草機だけを使って栽培していたが、15 年間紙マルチの下に堆積した雑草の種が目を出し、 除草に追われることになった。しかし、それでも除草が追い付かず、稲が草に負け当時は3、4 俵しか 収穫することはできなかった。そこで、土をフワフワにすれば草が抜けやすくなるのではないかと思い、 目をつけたのが、酵母だった。酵母は昔から畑に入れて除草しやすくするのに使われているため、 田んぼにも酵母を入れたら、土が柔らかくなるのではないかと考えたのだ。 酵母と似ている米ぬかを田んぼに入れてもフワフワになるが、酸の放出によって根の分解が急激に進み、稲が腐る原因になる。 その一方で、酵母であれば、稲に悪影響を及ぼすことはないと考えついたのだ!
そして、家に余っていた酒粕を絞ってペレット状にして、散布するという試みを始めた。 これによって、酵母が田んぼの草を抜くことに役立つことが分かった。
酵母が田んぼの草を抜くのに効果的であると確信した大竹さんは、友人であり酵母を用いた開発を行っていた 片山さんにこの話をし、マイグルトの製作が始まった。それから二人で、データの収集を行い、片山さんが 注目していた乳酸菌も用いて、マイグルトを完成させた(3ページ)。そして、大竹さんの田んぼから 生み出されたものだけを使ったサイクルが出来上がった。このサイクルは、大竹さんの理想である、 「そこにあるもの」を使った農業に近づくことができた。
自然の変化と共栄共存 〜大竹さん流〜
マイグルトを効果的に使うための一番重要な条件は、大竹さんの田んぼのサイクルの中で使うことである。 マイグルトは、菌であり、生き物でもあるため、気温などによって、効果が左右される。 大竹さんの田んぼで栽培が成功したのと同様に別の場所でもうまくいくとは限らない。 有機農業は、自然のものに人間が手を入れて作物を育てる。 同じ、肥料を用いて同じ栽培方法で育てたとしても、育てる土地、手をかける人が違えば、作物の育ち方も全く異なる。 特に、有機農業をうまく行うためには、自然の気持ちを想像できる感性豊かな人でなければならないと大竹さんは話す。 自分が石になったり、種になったりする創造力を働かせながら、自然の気持ちを読み取り、自然に寄り添いながら 自分自身で考えて実行していかなければならない。 だから、有機農業には「 ひと」が現れる。 大竹さんも田んぼも共に生きている。 あるがままの自然に触れながら、様々な生き物や菌が互いに影響を及ぼし合い、田んぼを形成していく。 そこに自然と人間が関わり合いながら、田んぼを耕し、栄養を与え、環境を整えた上で活用することが 大竹さんの言う「自然と共生(共栄)していく」ということなのだろう。
撮影日:2024.8.12 撮影者:立崎優太
大竹さんが大切にしていることは、自然に対抗する方法ではなく、
自然の状況に合わせていく方法である。
いかに自然に適応して共栄していくかを考えることが今後の私たちが生きる社会を考えるための鍵となる。 農業という豊かな自然の恵みを享受する営みを通して、私たちは自然と共生する道を見つけることが できるのではないだろうか。
撮影日:2024.5.18
撮影者:佐藤寿羽
撮影日:2024.5.18
撮影者:廣本先生
「米が一番太陽のエネルギーを吸収し、時間をかけて育つ。」
1粒の米から2,000 粒もの米ができる。 日本は、豊富な降水量と海、火山のミネラルがあり自然環境に恵まれている。 生命が循環する中で米は豊かな自然のエネルギーをふんだんに吸収して成長する。
「必要な情報は身の回りにある。それをキャッチできるか。」
大竹さんは、ここまでどうやって情報を得て自然と共生する農業を追求してきたのか。 やってみたいことがあればそこに必要な情報は身の回りにある。 その情報を見つけるために、自分の足を運んで現場を見て挑戦することを大切にしている。 分からないことは、自分で足を動かしてみないと分かるようにはならない。 マイグルトも酵母を田んぼに入れるために家にある酒粕を使って 「やってみたら上手くいった。」ことから始まった。
担当者
佐藤寿羽
立崎優太
(C)福島大学 行政政策学類
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